木田醤油と木田芳郎さん
木田醤油は安政2年(1855年)創業、約160年の長い歴史を持つ。しかし、もとは江戸時代に始まった清酒を造る酒蔵であり、その歴史も含めると200年近くになるそうだ。
店主の木田芳郎さんは木田醤油五代目。昭和8年生まれの82歳というが、背が高く、背筋がシャンとしていて年齢を感じさせない。
とても多才な方で、玄関口には木田さんが描かれた絵画がいくつも飾られている他、ゴルフや競馬もよくされるそう。また、幼いころから演劇をされており、学生時代には芝居だけでなく演出等もされていたとか。
醤油店の始まり
江戸時代、儲かる仕事といえば「酒・菜種油・醤油」の3つだった。
淀川にほど近いこの土地で清酒を造り始めたが、当時は冷やす技術がなく、夏場に酒を腐らせてしまった。そこで、醤油に着目。高濃度の塩分を含む醤油は夏場でも腐ることはなく、むしろ暑さによって微生物の活動が活発になり、発酵が進む。
こうして酒から醤油へとシフトし、現在へと至ったわけである。
麹づくりから行う「本物」の醤油
醤油は大豆・小麦・食塩の3つの材料から成る。蒸した大豆と炒った小麦を混ぜあわせ、そこに種麹を加えたものが「麹」である。
さらに食塩水を加えて撹拌し、時間をかけて熟成させることで、醤油独特の風味や色、香りが生まれる。
この状態が「諸味(もろみ)」であり、圧力をかけて搾りだした液体が「生揚げ醤油(生醤油)」である。
さらに火入れをし、味を調えれば、私たちが普段口にする醤油の完成だ。
木田醤油は、現在では珍しく麹づくりから行っていて「麹づくりが醤油づくりの肝。良い麹ができればほっといても勝手に良い醤油ができる」と木田さんは話す。
さらに、約200年前から使用する約500Lの巨大な木桶で仕込む光景は大変貴重である。昔ながらの方法でつくられる木田醤油は文化財といってもいいのかも。
搾りかす問題
粗く織られた布のようなもので諸味を包み、上から圧力をかけて搾ると、約1m四方の固いシート状の搾り粕が生じる。
茶色い酒粕のような見た目。「食うてみ」と言われてかじってみると、かなりしょっぱいんだけれども、大豆の風味や小麦の香ばしさも感じられてなかなか美味しい。
この搾り粕、なんと産業廃棄物として処分してしまうらしい。
「塩分がなかったらどこでも肥料にとってくれる。せやけど塩分が邪魔するさかいにな」塩分が高すぎるせいで、肥料として使うこともできず、かといって一般ごみとして燃やそうとすると、塩分によって機械が故障してしまうらしい。
「滋賀県の草津にね、鮎のもろこ(稚鮎)をつくってるとこがあって。もろこを大きく育てるための餌(バクテリア)を増やすのにこのシート(搾り粕)がええねんて」と、稚鮎を育てるのに一部が使われるそうだが、それでも大部分は産業廃棄物として処分する他ない。
しかも、産業廃棄物として処分してくれる業者もなかなかおらず、搾り粕は溜まっていく一方だとか。この搾り粕、何か良い使い道はないのだろうか。
あと数年で消えてしまう醤油
実は今回のインタビューで木田さんは、「もう醤油づくりはやめる」としきりにおっしゃっていた。
というのも、日本全体の醤油の消費量が年々落ち込んでいるのに加え、大手企業の安価な醤油の出現によって、なかなか売れないからだとか。
木田さんは先を見据えて副業(奥様が公認会計士だった)をやってきたからこそ、醤油の売り上げ自体は毎年赤字であっても何とか店を続けてきた。
しかし、そろそろ年齢的にも経済的にも限界だという。あと2年ほどで店をたたむ予定だそうだ。それでも、「やめるっていってもやめられへんかもな」とポツリとおっしゃったのは印象的だった。
私たちは普段ものを買うとき、作り手のことをどれほど考えるだろうか。工場で大量に生産された品物を買うことが当たり前になっている私たちにとって、生産者を意識することはほとんどないのではないか。
本当に「良いもの」を残し、次の世代へ引き継いでいくためには、私たちの普段の生活での何気ない「選択」が実は重要なのかもしれない。近年、「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されたことは記憶に新しいが、一方で、日本の伝統的な手法でつくたれた食品が一つ消えようとしていることにも目を向けるべきではないだろうか。
エコれぽ隊取材後記
木田さんのお醤油は注いだ瞬間に熟成醤油蔵の香りがプンとします。
こんな風に手間暇かけて醤油を造って、それがいいとされるのはノスタルジアかも知れないと木田さんはおっしゃいましたが、とんでもないです。
本当に風味があって美味しいお醤油です。今に生きています。
淀にお住まいな方だけに,競馬には造詣が深く、走る前からやる気満々の入れ込んだ馬よりゆったりとした馬の方がいいレースをするとおっしゃいます。
このお醤油は、その言葉通り木田さんの気負いのない自然体の暮らしから造られているんだな~。(山本)
木田醤油
営業日時 9時~17時
休日 土・日・祝日
電話 075-631-2033
住所 京都市伏見区淀美豆町144