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日本酒とエコにまつわる3つの話+伏見

 「伏見と言えば?」と問うと、「日本酒!」と勢いよく答えられることが多い。伏見稲荷と共に知名度の高い伏見の名物である。お酒を飲まない人にとっても、CMなどで伏見の酒造会社をご存知だろう。これも伏見の酒、あれも伏見の酒、と伏見の酒はまさに全国区である。とはいえ、エコという観点からはどうなんだろう。水と米とで造って、搾りかすですら「酒粕」として流通していることは知っているが、はたしてどこまでエコなのか。こんな素朴な疑問を持って、わたしたち日本酒班は、日本酒に関わるほぼ全てのことをされている超が付くほど有名な「月桂冠」に伺った。

月桂冠本社(伏見区南浜町)にて
水津哲義さんにうかがいました

 現在は、総務部長であるが、もともとは製造に関わってきた技術畑ご出身の水津哲義さんにお話を伺えるということで、日本酒の酒造りにまつわるあれこれを教えてもらおう。

――酒造りの概要からお聞きしたいのですが……。
 酒造りの流れは簡単で、白米を蒸す、麹を白米から作る、これらを酵母と混ぜて発酵させる、いいところで搾る、そうすると酒と酒粕ができるわけです。それを熟成して精製余分な蛋白を落とす)すれば商品となります。エコライフということで、エコと関わりがあると考えられるのは、熱・水・廃棄物でしょうね。

――では、熱から教えてください。酒造りに関係する熱資源にはどのようなものがありますか。
 まずは米を蒸す、そして麹づくりのための温度管理も必要です。仕込みのためにはタンクを冷却すると共に、タンクのある部屋全体を冷却しなければなりません。これは品質保持のためで、冷やせていないと悪い酒になります。酒は完成後に熱殺菌(火入れと呼ばれる)をするので、それにも熱を使用します。火入れしていないのが生と呼ばれる酒ですね。瓶詰め後に再殺菌しますが、これは熱したらすぐに冷却しなければなりません。これらの熱源はガスボイラーです。冷熱は電気を使用します。
 このような熱資源の使用状況から考えて、エコに取り組むとすれば……、省エネ機の導入や、日常的なメンテナンスや工程管理―現在はオンライン化によって一元管理している―でしょうか。

――伏見は水が著名ですので、次は水資源について教えてください。
 酒造りはひたすら洗浄です。米1Kg洗うのに、以前は6リットル使用していました。今は改善されて3リットルに抑えられています。そして、米の洗浄だけでなく、機械や道具の洗浄にも水を大量に使用します。昔は午前に酒造り、午後は洗浄というくらいでした。洗浄用の水の使用量が多いのが酒造りと言えるかもしれません。さらに瓶洗浄にも水を使う。昔は殺菌のためにまず強アルカリで洗い、それを流すために今よりも大量の水量が必要だった。現在は新品の瓶が圧倒的に多いので簡単に流すだけで良くなっています。



――水と言えば、地下水が非常な重要性を持っていると思います。現在はどういった状況なのでしょうか。
 日本酒の消費量のピークは昭和50年でした。いまは半分以下でしょう。【注:昭和50年の消費量は国税庁によると900万石なので、3分の1にまで減少している】そのため伏見の地下水位も最近あがって来ています。日本酒の日本での消費が300万石【注:1石は180リットル】です。近年はアメリカでの消費も増えて10万石。アジアはまだまだもっと少ないというのが現状です。
 水は大切に考えられていたために、かなり古くから成分調査されています。地下水路の径路も大きく変わってきましたが、家が増えてくると水の道が変わるようです。マンションの基礎なども強く影響します。水質と言う面では、特に鉄を打ち込まれるのが困る。大規模な工事が行われるときは、酒造組合を通じて工法を制限してもらうようお願いしています。どうやら、近鉄の高架化も酒造関係者の要望で叶ったものです。

――仕込みの水のお話を聞いていまして、原料の米について気になってきました。水以外の原料についても教えてください。
 米の産地は地元の京都、滋賀、福井、新潟、兵庫などで、良い米であれば産地にはあまりこだわっていないです。酒造好適米と食用米はデンプンの構造が異なっているので、酒米は食べてもあまりおいしいものではありません。日本の農政は食べておいしい米の生産に特に力を入れてきたので、それも影響していますね。
 最近京都府でも酒造好適米”祝(いわい)”の栽培が軌道に乗ってきましたし、酒造業を応援するために酒つくりに適した新しい品種も開発されています。これらについては期待していますが、栽培量はまだ少ないのが現状です。
 月桂冠では1990年からアメリカの現地法人でも日本酒を造っています。原料の米は、アメリカで採れるものを使っていますが、食用として持っていった滋賀の「渡舟」という品種が、たまたま酒造りに適していたという偶然があったようです。

――アメリカでも作っているんですか!
 アメリカに進出するまえ、総合研究所でアメリカ各地の水と米をあつめて試醸しているのを見ていました。結局、雪解け水が豊富なフォルサム【注:カリフォルニア盆地の東端】の地を選び酒蔵が建設されました。フォルサムはコメどころとして有名なサクラメントの近くです。私も2003-2009年までアメリカにいましたが、まさしくフォルサムの湖の水は雪解け水で水質は軟水なんです。現地の地下水は鉄分が多く、法的にも制限があるので酒造りには使用されていません。

――他の原料に戻りますが、種麹(たねこうじ)や酵母はどうされているのですか。
 種麹は買っています。種麹屋さんは各企業用のブレンドを持っているんです。伏見にはなくて、大阪、神戸、京都などから仕入れています。
 酵母菌は、日本醸造協会の酵母を使っています。そのまま使う場合と育種する場合があります。月桂冠ではほとんど育種して使用しています。

――原料についてお伺いさせていただいたところで、お聞きしたいことがございます。原料の米は削りますよね。さすがにこれはゴミとして出ているのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
 いえいえ、米の削りかす(ぬか)もすべて販売しています。3段階のグレードがありまして、米の外側から順番に、赤ぬか。これは家畜の飼料やぬか床になります。それから中白(ちゅうじろ)。これは煎餅屋の原料としても使われますし、洗濯のりにもなっています。そして最後に上白(じょうじろ)。これも煎餅屋でお煎餅の原料になっています。

――捨てるものがないですね。では、酒粕についてもお聞かせください。
 酒粕も酒粕の卸売業者に売っています。消費者には卸売業者が売っているものが届いているわけですね。それから、「吟醸の酒粕」と銘打って売られていますが、吟醸の粕だからといって、必ずしもうまいわけではありません。吟醸酒の製造では米を溶かさないようにするために、粕の中に米が粒のまま残ってしまいますから。好みの問題ですが……。
 食品素材としての使用やさまざまな用途への利用を検討しています。これは、そのまま粕を売るよりも、製品にして売った方が高く売れるからです(笑)。調味料にもなっていますね。もちろんアメリカでも酒粕はできるわけですが、アメリカでは、100%が牛の餌になっています。
 捨てるものと言えば、洗浄排水は捨てています。ただ、水環境を守るためにも、事業場内での処理あるいは希釈は不可欠です。瓶詰が主体の昭和蔵は構内の排水経路を整理して排水を集中させて下水に放流する方式に変更しました。いろんなラインの節水が進み、水質変動をなくす必要があったためですが、おかげで安定して排出できています。酒造りが主体の大手蔵では、洗米(せんまい)排水に糠やでんぷんが含まれるので、これを微生物処理してから排水しています。大手蔵の排水処理場は処理水の河川放流を目的に設計されましたので、明らかに過剰処理なのですが、とてもきれいな水を下水に放流しています。微生物処理すると微生物が余分に出来ますが、それは堆肥化して利用しています。

――水以外に廃棄物がないという状態ですね。容器に関しては、紙パックが増えている昨今、リユース瓶の方がエコではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
 月桂冠では、現在、製品の7割に紙パックを使用しています。会社内で出てしまう紙パックのゴミ【注:使用できなくなったもの】は再生紙などへのリサイクルにまわしています。また、リユース瓶は洗浄に膨大な水を使う、重い瓶を運ぶという流通の面からも考えると、どちらがエコかというと難しい判断です。
 エネルギーの消費量から言えば、ワインはほぼノンエネルギーです。品質を考えなければぶどうを絞って置いておくだけでワインになります。ただ、出来たあとの工程は日本酒とさほど変わるわけではありません。日本の気候風土は微生物の生育に適しているため、古くから多様な発酵食品がつくられています。ただ、必要な微生物だけに活躍してもらおうとすると丹念な洗浄が必要ですから、日本で製造すること自体がエネルギーかかることを意味します。アメリカの気候は乾燥していますのでそのような意味では管理しやすいといえます。

――月桂冠が伏見にこだわっている訳は簡潔に言ってなんでしょうか。
 お米は輸送することができますが、水を輸送することは現実的ではありません。また、お酒の中味の80%以上は水なので、水の品質がお酒の品質を決定づける大きな要因となります。最近の研究では伏見を含めて京都の地下には巨大な水がめがあることがわかってきました。この水の源流は京都盆地を取り巻く山々にふる雪や雨、豊かな水をたたえる琵琶湖から浸透する湖水など。その水はゆっくりと地中を流れ、発酵に適したミネラルを含み、伏見の地で汲みあげることができます。その水こそが、月桂冠だけでなく伏見の酒造会社が伏見にこだわる理由と言ってよいと思います。
 この伏見に本社を置く会社のひとつとして、水を守ること、川をまもること、そして伏見の人々や観光に来られる多くの方々に喜んでいただくために、街並みや賑わいをまもることにお手伝いさせていただきたいと思っています。



(取材:佐藤・南・田村・岡本)

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